【総集編】中学時代こんな子でした。【困難はお腹いっぱいです!】

以前、”小学生時代”を記事にしましたが、反響があって嬉しかったです。
なかなか自分の過去を、ガッツリと記事にするのは、恥ずかしいところもありますが、書いてるとノッてきます(笑)

杉山修

今回は、”中学生時代”を1つの記事にまとめました。悩みだらけです。同じような悩みを「たった今抱えています。」という方もいるかもしれません。シンプルに記事を楽しんでもらえるだけでも嬉しいですが、少しでも力になれれば幸いです♪

杉山修

こうして書けるってことは、ネタになってる証拠なので、今となっては感謝です。なんなら、ややテンションも高まっております。それでは早速、書いていきますよ~!

5秒で当時の自分を紹介

はじめに...
ざっくり紹介
・野球部に入部(3年間)
・30人クラス × 5組
・学校の生活指導は厳しめ
・学校は大嫌いだった

中学1年

中学1年は、「大きなターニングポイント」になりました。ひたすら苦しみに向かって行く1年間でしたね。明るくいきましょう!はい笑って〜!

”学校&先生”の想い出15選

1年生
● 担任の先生は”理不尽の極み”で嫌いでした。(どストレートw)
● 無理に発言させるスタイルの授業に不満まみれ。
● ペン回しが流行る我がクラスw
● 学ランのボタンは全部閉めて、白シャツはきっちり入れて、腰パン厳禁。ワックス厳禁。寝癖も怪しまれる始末。(今思えば普通かw)
● 数学に「xyz」が出てきてこれは無理だなと思った。(笑)
● 歴史の女性の先生がノリが良かった。
● 家庭科の先生は毎日叫んでキレてた。その声が聞こえる度に、先生辞めたらええやんと思っていた。
● マルティという謎の多目的スペースがあった。
● 夏に水筒を持参してOKになり、持って行くと学年主任に怒られる始末。(先生同士で意思疎通しといてくれw)
● 3年生の先輩が好きだった。(恋!?)
● 隣のクラスの担任が嫌いすぎて、隣のクラスそのものも嫌いだった理不尽な自分。(笑)
● 大人になった時に飲み屋で当時学校にいた先生に会い、音楽をバカにされたので見返します。
● 全校集会の時に先輩のオーラにビビる。
● 新入生代表で入学式で喋ったが、そのせいで「完璧主義スイッチ」が入って、3年間「対人恐怖症」で悩む1つの原因となる。(大学生になった時にカウンセリングを受けて治りました♪)
● 下校の時に嫌いな子と帰ることになりそうな時は、校門の目の前にある親戚の家に帰って難を逃れていた。(賢いw)
メモ
対人恐怖症は、当時そんな言葉さえも知らないですし、結局治るまで誰にも言わず…。かなり厳しかったですね。それが原因なんだな〜っていう悩みも今では辻褄が合うので、スッキリはしました♪
メモ
入学式のあの緊張は大ホールコンサートの3万倍じゃ〜!(笑)

”中学野球”の想い出7選

身体的に弱かったので周りに迷惑かけまくりでした。

入学する前に、「ヒジの痛み」と「足の謎の痛み」もあって、無理して部活をしてました。だましだましやってましたね。

● 先輩がとりあえず怖い。(あるあるw)
● 練習がめっちゃキツイ。(あるあるw)
● 先輩たちはめっちゃ強くて正直無敵だった。
● 先輩たちとの身長の違いに引く。
● 土日は年末年始以外、ほぼ部活。
● ヒジの疲労骨折でボールが投げられなくなる。
● 足は血行障害で、2年生手前で「走るの禁止」に。

何より足のケガ。全ての元凶は。体がほんと弱かったので、それもあって根が深いケガになったかなと思います。2年生の方で書こうかな。

中学2年

いよいよ2年生!

人生の大きな基盤がここから生まれるわけで…

音楽や好きなことを今できてるのは、この経験のおかげです。なかなかに厳しい日々だったけど、今は、受け入れて、ネタにしています。そう、今回もネタにしてるわけで♪

1年生のあらすじ

1年生のあらすじ
◼︎ ケガで部活(野球)ができなくなる。
◼︎ 対人恐怖症で学校がより嫌いになる。
★ その2つに抵抗する”2年生”が始まる。

”学校&先生”の想い出20選

学校生活はこんな感じです。

色々あったな~こう思うと。

● 担任の先生は熱くて野球好きで好きだった。
● WBC日本代表の野球の試合速報を休み時間の度に教えてくれた♪
● 英語の先生がめっちゃおもろくて、褒められて成績が伸びたのは俺です。(単純w)
● 足のケガで体育はほとんで見学で、持久走を休めたのは最高だった。
● 体育を見学してると、昔野球やってた先生とめっちゃ話せて楽しかった記憶がある。
● 毎週木曜日は病院で検査だったため、3時間目からの登校が最高だった。(笑)
● 対人恐怖症のボロが出ないようにするため、隣の席の女の子と話さない作戦に出た。(不思議がられてたw)
● 心配されたくない一心で、とにかく幼馴染にバレたくなく、唯一ちゃんと会話してた記憶あり。
● 緊張状態になると体温がぐっと上がって、汗が出ていたので、1人だけ汗をかく冬がトラウマだった。
● 日常生活を存分に楽しむ周りが受け入れられなかった。
● クラスの盛り上がりがどこか悔しくて、一緒になって楽しんでるフリをしてた。
● 体育祭はずっと団席で見学なので「ただの日焼けの日」と当時よんでいた。(笑)
● 春になると近所の川沿いの桜が綺麗でよく眺めながら登下校してた。(のちの”桜”という歌になる)
● 緊急の学年集会は大体、誰かが悪いことをした時。(笑)
● サッカー部にめっちゃ気の合う子がいて、今でも数少ない親友の1人。
● 3年生の先輩に恋をしていた。(オイ、毎回年上だな!)
● 譲れない精神が急に発動して、理不尽な説教にはとことん反抗していた。(謎のメンタル。そして絶対に間違っていなかった。)
● つまらない授業ばっかで、授業委員長に立候補して3年生との選挙に敗北。(謎のメンタルw)
● 授業のノートや宿題のノートがカラフルで話題となり、次学年のモデルとして先生に半強制的に持ってかれた。(持っていくな!コピー代を浮かすなw)
● 避難訓練でグランドに出ても、唯一歩いて参加した生徒は俺です。(貴重な経験。)
メモ
1年の時は成績もよくなかったけど、ケガのおかげで「勉強するくらいしかやることない」状態になって、半分より下から、8位まで下克上したミラクル(笑)神セブンには勝てなかった。ちなみに、部活を引退したら、見事に抜かれまくった。みんな本気出してなかったな。(笑)現実は甘くない……
メモ
対人恐怖症をとにかく隠そうとするあまりに、あえて「人前」を選んでたのは今でも不思議。良い方にはいかなかったけど、自分なりに治そうという本能が強かったのはありました。攻撃は最大の防御をやってましたねww

”中学野球”の想い出7選

❶ 見学していたら監督に呼ばれキャプテンに。(部活での居場所をくれました)
❷ 歴代最高の「野球ができないキャプテン」を目指して頑張りました。
❸ 先輩たちが最後の夏を終え、自分たちの代になっていよいよ最後の1年。
❹ 監督の先生が転任したと同時に、「厳しい野球」から「楽しむ野球」に変えて、1回戦敗退チームが強くなっていく。
❺ 新チームになって皆に内緒で、実は打順も決めていた。(先生にめっちゃ意見を言うキャプテンw)
❻ くじ運は最悪で、大会は毎回強豪校が1回戦でした。(みんなごめんw)
❼ くしくも完璧主義が心を支配していたので、チームメイトの生活態度もちゃんと監視。(やばw)
メモ
キャプテンになってなかったら、間違いなく部活を辞めてたか、いやいや顔出すくらいでしたね。ちなみに、コンサートに行った学校に、キャプテンにしてくれた先生(監督)と再会しました。

そんな感じで、2年生を過ごしていました。

アグレッシブルな一面弱さを隠すようになって、かなり精神的な疲労がやばかったです。家のお風呂でよく泣いてました。

なんだかんだ「やっぱり学校に行きたくない」が根強くて、そこを毎朝奮い立たせていたのは、偉かった。

あとは、「ケガの検査の日」は、検査が長引いてそのまま学校を休むことも。

キャプテンになってからは無くなったけど、ケガと環境への苦しさは、絶妙なタイミングで緩和されてた気がします。(笑)

たまには休まねばやってられないですから♪

メモ
今だから言えるけど、本当嫌なときは「午後からケガの検査があるので。」って言って、朝、先生にウソを伝えて、颯爽と一人帰る時は、罪悪感なんて一切なかった。唯一、「普通の中学生」になれた時間でした。仮病も使い方次第だな。不登校にならないためにも「図々しさ」が生きた2年生でした!先生、ウソついてごめんな〜!(笑)

中学3年

最後はの1年!

綺麗に収まることもあれば、壁にぶつかることも。最後の最後まで、色々と起きてくれました。(笑)

最後の1年はどんな年だったんでしょう。ちなみに、3年生で身長もグッと伸びて、3年間で「22cm」伸びました♪(自慢)

2年生のあらすじ

2年生のあらすじ
・対人恐怖症の中、人前に出て戦う
・野球部のキャプテンになっていよいよ最後の夏へ
・足のケガは治らずにる

”学校&先生”の想い出15選

● 担任の先生は楽しくいくぞ〜な先生。(めっちゃイジられてたw)
● 春に足のケガがようやく治る!
● だがすぐに右足甲を部活で骨折…(体はそれはそれは出来てないですからね…)
● 体育も春の間は見学に逆戻り。
● 遠足に先生の車で参加。(松葉杖w)
● 毎朝、校門に親が車で送迎のため恥ずい…
● 夏には骨折は治り、体育も部活も1年生以来存分にできるように。
● 足がついて来ずに、下半身がとにかくすぐに疲れた…(爆裂に疲れた..)
● 修学旅行の前に告白してフラれて、移動中と宿泊先は死んだ顔してたのは俺です。
● USJのジェットコースター程度で失神しました。
● 受験勉強そっちのけでブランクを埋めるべく走りまくった。
● 2年ぶりの体育祭は猛烈に疲れた…
● 2者懇談でこのままでは勉強がまずいと言われ、サボってた勉強も頑張るように。(キッカケないとできない奴w)
● 隣の席の女子に人見知りをいじられて大嫌いになる。(繊細なのだ…)
● 生徒会書記をやってまた人前に出てはなかなか対人恐怖症に打ちのめされていた。

なんとか現状を変えようとジタバタしては、空回りする年でしたね。特に松葉杖は本当に恥ずかしかった。(そこ!?w)

松葉杖だと。「検査なので早退します。」は親との連携プレーになるので使えないんですよね…

「今日部活ないし早く帰ろうかな」っていう手札が使えない中で、明るくて生徒を尊重してくれる先生が、担任の先生でめっちゃ救われました

メモ
骨折した時に、周りが特に優しくなるとかなかったので、「あ〜普段から避けてるツケが回って来てるな」って思ってました(笑)まぁ、ドンマイ!!!
メモ
(修学旅行の前に告白するか普通。しかも下駄箱の靴の中に手紙を入れたんやけど、相手は直接校舎裏で伝えて来て、度胸の違いも見せつけられたのもWパンチでしたねw)

”中学野球”の想い出7選

❶ 部活に復活した時は感動♪
❷ 肩も走力も1,2年生レベルやったけど必死でリカバリー!
❸ 最後2つの大会にも間に合い、出場。
❹ あれだけ弱かったのに決勝まで進んだのは最高。
❺ 自分だけ2大会でノーヒットだったのは内緒で。(みんなごめんよ!!)
❻ 中学最後の試合は、自分をキャプテンにしてくれた先生が監督の学校。
❼ サヨナラ負けで終わったけど、復活した姿を見せられてよかった。

ケガが治って、またケガした時は、さすがに心は折れてましたけど、もう笑ってましたね。また逆戻りか~って感じで。捻挫かな?くらいだったんですけど、段々とわかるんですよね、これはただ事じゃないことが。

そんなこんなで、最後に間に合って、試合にも出られて奇跡だと当時も思っていました。いい経験させてもらいました。

メモ
野球をやってる時は、対人恐怖症は、チームメイトの親に対しては出てましたね。試合に関しては、だいぶ楽にはなってました。そればっか気になって、集中力はほぼlなかったですが(笑)

最後に

こんないろんな経験を、怒涛のようにする中学生は多くはないと思います。

でも自分以外にも実は同じ悩みを抱えてたクラスメイトもいるかもしれないし、そればかりは分からないけど、こうして書けてることに、感謝です。

何度も何度も、学校も部活も手放しそうになりましたが、よく耐えたと思います。「闘った!」って感じですね。ただ、もっと普通に中学生をやりたかったです。

こういったことを、これから学校でのコンサートや講演会で伝えていければと思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!今は対人恐怖症も治ってますし、怪我もしてません。(笑)

それでは!!!

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